今回のエントリーは珍しく、
僕が代表取締役として働く、
西企画という会社のご紹介を。


西企画とは。


僕の父である西欽也が、
1989年(平成元年)2月10日に、
大吉時期狙いで設立した有限会社です。


運の知識を判断基準とし、


1.企業の経営相談
2.個人の人生相談
3.講座・講演・研修


などを受託する会社です。


今でこそ、運を取り扱う会社として、
当たり前のように営業していますが、
その前身は呉服を扱う西商店でした。


呉服販売の西商店が、
いかにして運の西企画になったか、
そんなお話に、少しだけお付き合いください。


本来、会社の紹介は、
資本金や経営理念などを、
しっかり掲載すべきなのでしょうが、
真面目に書いたところで、
きっと印象に残らないし、
あまり楽しくないでしょう。


だから、僕なりの切り口でいきます。


西欽也のセールスマン時代

先にご紹介した通り、今の西企画は、
欽也が個人事業主として、
呉服を取り扱っていた西商店を、
法人化させたものです。


僕が生まれる前は、
高度経済成長期で好景気。


普段着としての和装は、
既に廃れていたものの、
冠婚葬祭の礼服や嫁入り道具が、
堅実に売れていた時代。


100万を超える帯の注文が、
月にいくつも入る、
なんてこともあったようです。


ところで。


西欽也という男は昔から、
愛嬌のある笑顔と、
憎めない言動が武器で。


セールスマンとしては、
そこそこ優秀だったとのこと。


上の世代の方に可愛がってもらい、
商売は順調だったようです。


それに加えて。


若い頃、怖い母(僕の祖母)から、


『これだけは勉強しろ』


とキツく言われ、嫌々ながら通った、
気学教室でのうろ覚えの知識が、
営業トークにかなり役立ったらしいです。


ほら、着物の注文をいただくのは、
冠婚葬祭が主な機会という時代だから、


『今回のご不幸は吉?凶?』
『結婚の時期はいつがいい?』
『嫁入りの転居の方位はどう?』


なんて話になったとき、
自分に分かる範囲内で、
とはいえ、それなりのしたり顔で、
相談に乗っていたのでしょう。


いかにも何でもお見通しかのように、


『それは吉ですねえ』


とか調子良くのたまう彼の姿が、
目に浮かぶようです。


そうこうしているうちに、


『呉服の販売(とついでに運の相談)』


というビジネススタイルが、
西欽也(西商店)の持ち味であり、
お客様にとっての定番になっていきました。


呉服は売れなくなったけれど

ところが。


当然、時代は変わるもので。


お葬式でも少しずつ喪服は減り、
結婚式ではご存知の通り、
ウェディングドレスが主流に。


僕が生まれ小学生になった頃は、
着物の注文は減る一方で。


にも関わらず。


西商店の電話は鳴るわけです。


『欽ちゃん、ちょっと来てくれるかい』


つって。


『やった!注文入った!』


と先方へ行ってみると、
呉服の話は一切なし。


住居建築の家相相談や、
結婚相手との相性相談が、
ずらりと並んで待っていて。


で、帰るときに、


『これ、少ないけど』


と渡された封筒には、
ピンとした1万円札が入っていて。


要するに。


『着物は要らないんだけど、運は知りたい』


というお客様からのご相談です。


どういうわけか、そんなご依頼が、
同時多発的に増えていって。


そのようにして、おかげさまで、
呉服の注文と運の相談依頼の比率が、
入れ替わってくる過渡期、、、


そこでドラマチックかつ、
不思議なきっかけがあり、
いよいよ西企画創業となるわけですが、
その話は長くなるので、また別の機会に。


(面白いので時間を見つけまとめます)


西欽也の成り行き人生とパンク精神

ここまでを踏まえて。


弊社の成り立ちや、
西欽也の成り行き人生は、
何となく把握していただけたでしょうか。


特にこれといった、
強い野望や野心があるわけでも、
具体的な目標や目的があるわけでもなく、
流れの中でいつの間にか、
生まれていた会社。


それが西企画です。


僕が代表取締役となった今も、
そんなテキトーな社風は、
脈々と引き継がれています。


ただし。


自他共に認める、
いい加減な西企画ですが、
どういうわけか運と向き合う姿勢には、
変にパンクなところがあって。


既存の体制に反抗的というか、
既成概念への反骨精神というか。


というのも。


西欽也が運と触れた第一印象が、
あまり良くなかったらしいのです。


★高圧的で偉そうな先生様方
★分かりにくい理論に高額な価格設定
★盲信的に従わざるを得ない弟子との関係性


上記のいずれも、時代を考えると、
やむを得ない部分もあるのですが、
とにかくそれらが示すような、


『運の世界での当たり前』


が、当時の欽也にとって、
嫌で仕方なかったらしいです。


彼はまだまだ若く、生意気で、
理屈っぽいところもあったから、
なおさら歪んだ世界に見えたのでしょう。


そんなわけで当時から、


『運を知っているだけで偉いと思うな』
『俺ならもっと分かりやすく表現できる』
『自分があんな風になるのは絶対に嫌だ』


と腹にふつふつ抱えつつも、
心配ばかりかけてきた母の頼みだからと、
しぶしぶ気学教室には通ったとのこと。


結果として、そこでの不平や不満こそが、
創業時の様々な原動力となり、
かつ弊社の社風や信念の、
核となっていったのは間違いありません。


受け継がれたパンク精神

実は僕にもしっかりと、
欽也の血は流れています。


上から目線のコンサルタントや、
偉そうな占い師を見かけると、


『なんだあの勘違いバカは』


と、思わず食ってかかりそうになります。


もう40歳を過ぎているのに、
まだ大人になりきれず、
メラメラしてきて困ります。


運の知識は一部の権威の特権ではなく、
みんなが知るべき共有財産です。


運の世界が分かりにくく感じるのは、
それを分かりにくくしか表現することのできない、
伝える側のセンスがダサいからです。


どんなに立派な教科書に書いてあることでも、
道理に合わなければ価値はないです。


そのようにして生まれ引き継がれ、
今ある成り行きパンク集団が、
西企画という会社です。


西企画がご提供するパンク商品

弊社の講座や書籍や鑑定は、
我ながら、なかなか、
パンクだなと思います。


他所でいっぱいある講座とは、
雰囲気も価格も違います。


『そっちがそうなら、こっちは逆にこうだ!』


みたいな感じです。


弊社のこよみも同じで、
かなり攻めています。
これからも攻めていきます。


鑑定でのご提案は、
既存の常識に縛られません。


それらの全ては、創業者である、
西欽也の人生を反映してのことだろう、
と、改めて感じます。


僕にとってはなかなか意外に、
悪くない居心地です。


それでは☆


マグロの頭を焼く西欽也