美しい景色に出会うという幸運は、とても素敵なことですが、
その機会を得たときに、美しいと感じられる自分自身こそ、
最も幸運で素敵なことだと思います。


吉を手に入れること以上に、
吉を受け入れられる自分であることの方が重要です。


なぜならば。


どれほど美しい何かが目の前にあろうと、
それを美しいと感じられない自分の状態では、
せっかくの幸運を受け取ることができないからです。


運を良くする、または運が良くなるとは、
つまりそういうことなのでしょう。


宝くじが当たるとか、恋人ができるだとかではなくて。


どれほど恵まれていたとしても、
その恩恵に気付けぬまま、自分は不運だと、
ないものねだりしている方は、決して少なくありません。


彼らや彼女らが小さな子供だったとしたならば、
そういう我がままの1つや2つや3つ、
成長の過程における理不尽な要求として当然かもしれません。


僕自身、苦い心当たりがあります。


でも、大人になったら、それは我がままではなく、単なる不運です。


運が悪いから、吉を吉として受け入れられないのだろうと考えられます。


心と体と魂の状態を悪く維持してきた人にとってみれば、
目の前の素晴らしい幸運と良縁に対し、眉間にシワを寄せ、不機嫌なまま、


『こんなの要らない、もっと別のがいい』


と要求することなど、朝飯前です。


息をするように、自分の幸運を否定し、別の良縁に憧れます。


そう考えると。


美しい景色を探す旅に出る前に、
美しさを感じられる自分を整えておく必要があります。


開運グッズに手を出す前に、神社仏閣へ参拝する前に、
やっておいた方が良い自分自身のメンテナンスがあるはずです。


『旅なんか出ても意味が無い』
『開運グッズなんて何の効能も無い』
『あなたには神社仏閣へ行く資格が無い』


なんてことを言いたい訳では決してございません。


そこに素敵なものがあるならば、是非、触れましょう。


誰が何と言おうと、それは自分にとって、必要なものです。


仮に、多少、自分の状態が悪かったとしても、
意味も効能も資格も一切無い、なんてことはありません。


それでも、やっぱり効果は落ちます。


お腹が痛ければご馳走を目の前にしてもガッカリだし、
疲れ果てた状態でお肌ボロボロのまま好きな人に会っても気まずいし、
寝不足でクラシックコンサートへ出かけても聴いていられないだろうし。


だから、本当に大切なのは、何を選ぶかと同じくらい、もしくはそれ以上に、


『良いものを受け取ることが出来る良い状態の自分』


を仕上げておくこと。


上手く行けば、みんなにとってつまらない場所からさえ、
何らかの経験を手に入れることができるのが、運の良い人。


不味い料理や嫌われ者からさえ、
役立つインスピレーションを得るのが運の良い人。


もはや無敵。


運の良し悪しとは、どこへ行ったかとか、
どんな場所に住んでいるかだとか、
何を持ち、何を着て、誰と付き合っているかだとかではなく、
自分自身の状態はどうか、で決まるものなのだと思います。


それでは☆


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《西企画の日常:でも犬派》

僕は、ご存知の通り、犬派です。

これまでずっとそうだったし、これからもそうです。

けれど。

絶不調で落ち込んでいる夜、こんな風に寄り添われると、
不本意ながら、癒されてしまいます。

癒しの時間

どこをモフっても、ゴロゴロいいます。

でも犬派

ところが。

この後、消灯しベッドに入った途端、
野生に火がつき目が輝いて、噛み付いてきました。

だからやっぱり、犬派です。