
昔の人は『八百万の神』と言って、
万物それぞれ1つ1つに神様が宿っていると考えました。
運の世界でも、全てのモノには、
固有のエネルギーが備わっている、
という考え方があります。
上記は例えばの話ではなくて、つまりそういうことだと思います。
神とするか運とするか
エネルギーや機能や作用を、
宗教というアプローチで捉えるか、
それとも運の知識を用いて捉えるか、
その違いは、確かにあります。
けれど、言わんとすることは、かなりシンクロします。
これが海外の宗教及び文化の話になると、
微妙なズレが出て来るのですが、日本における、
★全てに宿る神
★全てに宿る運
は、ほぼ同じ結論だと思います。
だから。
お札やお守りや神具や宝物のような、
いかにもな伝統的アナログツールだけが、
僕達の運に関わるモノというわけではありません。
ハイテクノロジーに宿る運
スマートフォンなどのハイテク機器や、
デジタルデータのような記録情報だって、
大切な運の宿り先であると考えられます。
例えば。
素晴らしい人脈(アドレス)や、
素敵な思い出(画像やメール)や、
便利な道具(アプリ、ウィジェット)が、
いっぱい詰まっている携帯電話やスマートフォンやパソコンは、
持ち主の運に対して良い影響を与えると思います。
逆に。
★暗くて残酷な音楽及び映像データが詰まったプレーヤー
★画面が割れて、ボタンが取れている携帯
★不要なデータが溢れ乱れまくったパソコン
などを無自覚に保持していると、
持ち主の運に、何らかの悪影響があるものと考えられます。
(自覚があれば違ってきます)
目に見えるものだけが運じゃない
デスクトップや待ち受け画面など、
目に見える何かでなかったとしても、影響はあります。
目視できるものであるかどうかは、
あまり重要ではありません。
朝日の写真や綺麗な自然の画像が保存されていると、
そのデジタルデータは、良いエネルギーとして作用します。
デザインや見た目を整えるだけではなく、
どんなデータを持ち歩いているのかを、
定期的に見直すことができると、
ハイテク運を高められると思います。
どんなものでも運の分類は可能
運の知識は、昔の人が見つけ、練り、体系化した考え方&動き方です。
その昔の時点では、飛行機も自動車も、
フィーチャーフォンもスマホも、
ビッグデータも地球温暖化問題もありませんでした。
けれど。
非常に懐の広く深い分類化の方法論により、
時代に合わせた最適化が可能です。
情報は自動的に更新され、時代に合わせて成長するので、
大昔の古い理屈が、現代においても通用します。
八百万の神は、パソコンにだって宿ります。
そして、パソコンが持つ運は何なのか、分類することは可能です。
だから、神や運から切り離された物事など、
この日本というフィールドにはないということになります。
ローテクもハイテクも共に大事
温故知新とは、過去を振り返ることで、そこに未来を見出せる、
というような意味合いだと思いますが、
つまりそれって、未来にだけ未来があるのではない、ということでしょう。
ハイテクや最先端や先進国だけに、
将来のヒントを探そうとすると、
可能性は無意識に限定されてしまう。
見た目が変わろうが、仕組みが変わろうが、価値観が変わろうが、
常にずっと、人は人としてあり続け、人として自然と接しています。
自然とは、自分以外の他者であり、空であり、土であり、森であり。
モノやコトや流行や政治経済なども、やっぱり自然の1つで。
それら全てには神や運という名のエネルギーが宿る。
そのエネルギーを、どう受け止め、どうコントロールし、
どうライフスタイルに取り入れて行くかの方法論として、
運勢学や方位学や九星学などの知識があるのだと思います。
ローテクもハイテクも、伝統も最先端も、
全部引っ括めて、大切な運を良くするための自然。
昔のことばかり妄信すのではなく、
最先端にばかり頼るのでもなく、
どちらも取り入れてエネルギーを活用して吉。
それでは☆
【告知】講座のお知らせまとめ@千代田
【質問専用エントリー5】
ご質問はこちらのコメント欄にて承ります。
上記の記事とは関係のない内容は、
こちらにコメントいただければご返信いたします。
コメント