九星学において『波瀾万丈の人生を歩む星』なんていうのは、ないと思います。


正確には、波瀾万丈の人生を歩むかどうかは、生年月日で定まる星では決まらないし、
一白水星から九紫火星まで、どの星にも波瀾万丈な方はいると思います。


同様に『男運が悪い』とか『貧乏』とかいう星もないです。
いや、正確には、男運が悪い人や、貧乏な人はいますが、
それはどの星にもまんべんなくいるはずです。


『頑固』という特色は、ないです。
どの星にも、それぞれに頑固な部分がある。
みんな持っているのだから、それを特色とは言わないでしょう。


同じような理由で、寂しさ・弱さ・不安なども特色にはならない。
それらは当たり前の要素として、みんなにある。


だから、


『あなたは隠しているかもしれないけれど、内に弱さを抱えてる』
『何だかんだ言って、見えない不安を持つ星なんだよね』
『私には見える、あなたの中にある寂しさが』


なんて占い結果に出くわしても、信じる必要なし。


それは鑑定ではなく一般論です。


『あなた、呼吸をしていますね、私には分かる、それは生きているからだ!』


そう言われているのと、大差ないです。


『隠してる弱さ』
『笑顔の奥の寂しさ』
『見えない将来への不安』


そんなことは、小学校に入学する前の子供達だって、当然のように抱えています。
程度の違いはもちろんあるけれど、思い出してみると、みんな心に知っているはずです。


九星学が持つエンターテイメント的な側面、
それは例えば性格を言い当てられる占いだったり、
自覚してはいるけれど公には隠している内面を突かれる驚きや楽しさだったり、
弱い自分を認めてもらえる安心感だったりなのですが、
それって、九星学の本分ではないと思います。


入り口としては分かりやすいし興味深いのですが、
いずれも核心ではないし本来の必要性とはかけ離れてる。


九星学のエンタメ要素ばかり注目していると、
それは偏見や誤解や狭義の理解など、様々な罠にはまりやすくなると思います。


九星学は、当たり外れを楽しむエンターテイメントでありながら、
利用の仕方によっては、自分の運をチェックする鏡になったり、
客観性を保つためのバランサーになったり、
時には大切な場面での判断基準になったりしてくれます。


そのためには、上記に挙げたような、


『誰でも持ち得る特色とは言いがたい微妙な表現』


ではなく、


『明確に9つに分かれる特色』


を知る必要があると思います。


僕がご紹介する九星学では、なるべくその部分を意識し、


『この星に対して、この星はこう』
『この星がこの場合、この星ではまた異なる』
『同じ頑固でも、この星とこの星では質が違う』


という風に、明確な区分のラインを引きながらお話をするように心がけています。


そこを参考にして頂けると嬉しいです。


それでは☆