誰かに言われたから仕方なく行く、
良く分からないツマラナイ吉方位旅行よりは、
自らの意志で選び目的を持って出向く、
自己責任の凶方位旅行の方が、
得られる知識と経験は多く、トータルでの運は上回ると思います。


方位が吉という鑑定結果。


それは確かに素晴らしいことだし、僕はそれをお勧めする側の人間です。


方位が吉であるならば、そこに出かけることにより、
方位に応じた運が手に入るものと考えられます。


どこへ行くにしろ、吉であることに越したことはない。


けれど…


世界は方位だけで成立しているわけじゃない。
方位は、他にもある大切なものの内の1つ。
方位とは、全ての運を支配する唯一の吉凶ではない。


方位だけで運が決まるなんてことは決してない。


むしろ…


上記より大切なもの、僕はいくらでも挙げることができます。


それは運の専門家でなくても自分の人生の専門家として、
それぞれ自分自身が最も良く知っているはずです。


凶方位の学校で学んだ知識は、全て凶なのか?
凶方位の映画館でみた映画は、人生に悪影響を及ぼすのか?
凶方位のレストランでご飯を食べると、栄養価は著しく下がり、身体に害を与えるのか?
凶方位にある恋人の家に出かけると、そこで過ごす2人の時間は嘘になってしまうのか?
凶方位からやってきたお客様は全て自分にとって敵だから、凶のお客様として接するべきなのか?


そんなこと、あるわけがないでしょう。


もちろん、凶方位であるということは、その悪影響として、
方位の凶作用は受けるものと考えられます。


それは、その通り。


そして、それとは別に、知識という財産や、映画という感動が手に入ります。
凶方位の悪影響だけでなく、美味しい物を食べられたという思い出も手に入ります。
凶方位であったとしても、恋人と過ごす時間や、
やって来てくれるお客様が素敵であることに代わりなし。


方位が僕達の運を構成する要素の1つであることは、僕も否定しないし、大賛成です。


けれど、世界は方位ありきではないです。


そこを勘違いしてしまうと、せっかくの方位学が、
自分の人生を制限し、不自由にしてしまうお荷物になる。


例えば西企画という零細企業1つとっても、
運のロジックは方位のみでなく、時期や家相や九星学があります。


方位だけが全てじゃない。


その他のエネルギーも上手に組み合わせ、バランス良く人生を創っていけたら、
それが最も自然で無理のない、運のあるライフスタイルだと思います。


それでは☆