
西欽也が良く言う台詞。
『人生なんでもあり。
どんなことでも起こるし、
どんなことでも起こせる。』
他にも、西欽也が良く言う台詞。
『ああ、それでいいと思うよ。
その通りだと思うから、
その通り、やってみるといいよ。』
さらに、彼の口ぐせのような台詞。
『ちっとくらい眠らなくたって、死にゃあしない。
頑張るべき時は、寝ないで頑張りな。』
そして。
僕が彼から教わったことの中で、最も心に響いて、
今でも良く思い出しては刻み直す台詞。
『選ぶ、ってことは、
自分を限定して縛ることじゃない。
選ぶからこそ、そこから世界は広がる。』
彼にしてみれば、そのとき、そう思ったというだけの話で、
恐らく覚えていやしない話ばかりのはずです。
ただ、言葉の体裁がどうであれ、
また彼の記憶の有無とは関係なく、
彼自身の生き方は、確かに、そのように歩んでいると見て取れます。
どの言葉にも共通して言えるのは、
あんまり肩肘張らないで、できるだけのことをした上で、
後は自然の成り行きに任せるのみ。
そんな感じです。
スポーツでも、格闘技でも、
芸術でも、会社経営でも、
人間関係でも、学業でも、
『自然体』
というのは、一番強い。
一番強く、そして、難しい。
あるがまま、なすがまま。
そんな自然体で生きるための手段として、
自然の法則や自然作用を学び知る、
運の知識というやつがあるのかもしれません。
今すぐ、素直に穏やかで自然な自分を手に入れるのは、
やろうとしても簡単にはできないことだと思います。
でも、運をライフスタイルに取り入れる過程で、
たまねぎの皮を1枚ずつはぐように、
自分のしがらみとかプライドだとかを手離していき、
いつか、まじりっけなしの所に辿り着けると、それは、
『人生なんでもあり』
『とりあえずやってみるか』
『選んだところから運は始まる』
という境地になれるのだと思います。
西欽也の講座風景や鑑定場面をご存知の方は、
あまりイメージできないことかもしれませんが、
僕が子供の頃、彼は年中、目を吊り上げてイライラしていました。
口より先に手が出たし、酔って醜態も晒したし、
感情的な恐怖政治で子供を支配しようとすることもありました。
今は、いつもニコニコです。
目尻がたれてきたのは単なる老化ではありません。
ハートが丸く穏やかになったのだと思います。
人は、変わるもののようです。
大人になってからでも成長し、もっと素敵になれるのだと、
体を張って僕に示してくれたのが、欽也でした。
子供の頃に受けた仕打ちは忘れないので、
今もチクチク嫌味を言ってやったりもしますが、
『人生なんでもありだから』
とかなんとか言いつつ、ニコニコ笑い受け流すのが今の彼です。
そういう運の育て方もアリだな、と思います。
あまり急がずに。
そんなに焦らずに。
それでは☆
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コメント
コメント一覧
持って生まれた運も捨てがたいけど、自分が育てた運はスゴく信頼出来そうですね。私も右往左往しながら育ててみます。
変わったところもあるけど、根底は変わらないなって感じの父に辟易しています。
たまに会うと丸くなったわ〜って思いますが、長時間一緒にいると疲れてくるんですよね。
反面、自分ももう少ししたら「いつもニコニコ」の境地になりたいです。まだちょっと遠い感じですが。
子どもに、あの頃はああだったよねとチクリと言われるくらいがいいかな。
子どもがわたしの年頃になっても、相変わらずで疲れるわ、と言われないように(汗
九星初心者さん
> 西企画さんで九星を学ぶようになって、本当に生きやすくなりました。
なんて素敵なお褒めの言葉を。
生きていくのが楽になってこその学び。
九星学とは、そこに特化したノウハウだと思います。
> そして九星は日常だなぁと感じます。
九星は日常。
すごい言葉ですね。
僕が思いついたことにしたいくらいです。
本当に、仰る通りだと思います。
> 『大人になってからの自然体』とってもワクワクする言葉ですね!
僕にとって、成長とは、子供だけの特権という固定観念が、
心のどこかでありました。
頭では『どこからでも成長できる』と理解しているものの、
心の成長も、体の成長も、大人になったら止まるのだと、
どこかにあきらめや決めつけがあって。
医学的・心理学的には、確かに成長が止まる、
そういうタイミングがあるのかもしれないけれど、
少なくとも運に関しては、大人になってからでも成長可能。
その実例を、欽也に見せつけられたな、と感じています。
だから、まだあきらめず、いつか自然体になれたらいいな、と思います。
安泰ママさん
> 大人になってから育つ運、いいですね。
子供の頃は、誰かに育ててもらう運。
大人になってからは、自分で育てる運。
どちらも同じ運ですが、自分で育てた運の成長の嬉しさは、
とても素敵なものだろうな、と想像しています。
> 自分のことが色々分かっているからこそ出来る成長!
本当に。
そして、色々分かるためには、失敗や苦い思い出も含めて、
多くの経験が必要になるのでしょう。
だから、やっぱり、大人になってからがチャンスになるのだと思います。
> 持って生まれた運も捨てがたいけど、自分が育てた運はスゴく信頼出来そうですね。
確かに。
そこには、確かなプライドや自覚、自信があって。
そこから発せられる雰囲気は、とても良いものになりそうです。
あまつさん
> 良いお手本が身近にあってうらやましいです。
確かに、仰る通り。
子供の頃は比較対象が少ないので、
『なんなんこのクソ親父』
としか感じられませんでしたが、今、客観的に周囲を眺めてみると、
本当に恵まれた、幸運としか言えない縁だな、と思います。
> 変わったところもあるけど、根底は変わらないなって感じの父に辟易しています。
そこは弊社も同じです。
根本的な部分は、長所も短所も変わっていません。
それでもなお、確かに少しずつ成長している姿を見せられると、
こっちもウカウカしていられないと背筋が伸びるし、
未来に可能性はあるな、と期待することもできます。
> 反面、自分ももう少ししたら「いつもニコニコ」の境地になりたいです。まだちょっと遠い感じですが。
今すぐ、ではなく、大人になってから少しずつ、で良いのだと思います。
少なくとも、欽也はそうでした。
> 子どもに、あの頃はああだったよねとチクリと言われるくらいがいいかな。
もしもそういう場面がやってきたならば、
『大人だって未熟だし、大人だって成長するんだよ』
『未来の君だって同じだよ』
と伝えてあげられたら最高ですね。