僕は、未来のビジョンが勝手に降りてきたり、
他の人には聴こえないメッセージを感じ取れたり、
それを利用して予言をしたり、ということはできません。


『スピリチュアル』といわれる方面の、特殊な才能や能力は皆無です。


というかスピリチュアルに限らず、『1番』になれるような力はありません。


それを象徴するような思い出の小話を1つ。


以前、機会があって日光東照宮へ出かけた際、
駐車場から参道へと上がっていく道の途中に、
手相を観る占い師さんが居ました。


僕は自分の運とか縁とかには、
昔からあんまり興味が無かったので、
いつもと同じく、何食わぬ顔で素通りしようと思ったら、


『いかがですか?』


と声をかけられました。


『おいくら?』


と訊ねてみると、3000円だと言います。


『3000円もあったら、この後、澤本で鰻重が食べられるな』


と思って、そのままお断りしようと思ったら、


『1000円で良いから、是非』


と提案され、『おっ』と気になったのです。


あんまり、その方面の職業占い師の方で、
自分から値切ってくる人なんていないので、面白い。


時間もあったし、エンターテイメントとして、
手相を見てもらうことにしました。


そうして、机の前の席に座ると、


『何を鑑定しますか?』


と聞かれるわけですが、自分の未来とか恋愛とか、
出世とか成功とかお金だとかに対する興味が、
あんまりないものだから特にお願いしたいものがなく、
さて、困ったな、と。


で、ちょっとだけ考えた結果、思い浮かんだ質問が、


『僕の中にある才能は何ですか?』


でした。


そうしたら…


まず、左手を見せて下さい、と。
次に、右手も見せて下さい、と。


その後、手の裏も見せて下さい、となり、しまいには、


『おでこを見せてもらえますか?』


と言われ、その間、占い師さんは、ずっと、何だか浮かない顔をしています。


で、その後も、改めて左手に戻ったり、おでこに戻ったりしながら、
ずいぶんあっちこっちを調べまわされた挙句、言われた答えが…


『特にこれというものはありません』


でした。


占い師の彼としてみれば、
目の前の小僧、生意気な青年ではあるけれど、
せっかくだから、ほんの小さなものでも、
なんとか見つけてあげようと、あっちこっちを探し回り、
頑張ってくれたんだろうなあ、と思います。


3分の1の価格の割には、予想以上に丁寧に観過ぎるなあ、
なんだか変だなあとは、流石の僕も、途中から感じていました。


で、それほどじっくり探しても見つからない、僕の才能。


昔から、根拠の無い自信がありました。


僕にだって、何か1つくらい、誰もが羨むような、
生まれながらに備わる素晴らしいギフトが、あるだろうと。


どこかに潜むオリジナリティーでありスペシャリティーが。


だもんで、それなりに期待していただけに、
ビックリしたりガッカリしたりしました。


でも、中途半端ではなく『ない!』と断言されたのは、
現時点で振り返ってみると、かなり気持ち良い鑑定結果かもしれません。


あの占い師さんは、やると思います。


誠実で、良い鑑定をしてくれたおかげで、
感性や才能に頼らず、理論と経験で生きていこう、
比較的素直に開き直ることができました。


さて。


つまり僕には、それほどに、特殊能力は無い、というわけです。
日光東照宮の占い師さんのお墨付きで。


手の表裏やおでこまで探しても見つからないほど、平々凡々な普通の人間です。


では、西敏央が(有)西企画に所属する鑑定士として、
第六感や霊能力が皆無な所で、依頼者のみなさんにお伝えする情報や提案とは、
いったい何なのか、どういうつもりなのか、というと。


僕は常々、『鑑定』というものを、
当たり外れを楽しむための『占い』ではなく、
自分らしさを引き出すための具体的な行動計画だったり、
自然の流れを背に受けて前進するための、
判断・決断・選択の基準だったりすると考えています。


そしてそのヒントを導き出すためには、
『こよみ』という自然の運の流れが記されたツールと、
それを読み解くためのロジックの2つのみを用います。


それは、ドラマチックとは限らず、平凡な常識だったり、
ワンパターンな繰り返しの定番だったりします。


過剰な演出や、奇をてらった物言いはしたくありません。


凶は凶であり、それ以上でもそれ以下でもない。
吉は吉であり、ただそれだけのこと。


占いを、不思議な世界の不思議なメッセージ、
として楽しんでもらうスタイルは、
誰も傷つかなくて、誰にも迷惑をかけないならば、
それはそれで素晴らしいエンターテイメントだと思います。


けれど、本当に自分の運を知って、幸運をつかもうと思ったならば、
非現実的な物語や、不思議気分のメッセージではなく、
より具体的で地道な行動が必要になる。


そんな『具体的行動のためのヒント』をご紹介するために、
今日も、きっと明日も、無い直感や特殊能力には頼らず、
案外生真面目に『こよみ』と向き合いながら、
そこにヒントを探していくのだと思います。


こよみの中から自分に必要なヒントを見つけ出すのに、
特別な才能やスピリチュアルな感覚は不必要です。


また、そこで得られる情報は、日常や常識に活かせる経験則です。


と、僕は思います。


それでは☆