(有)西企画では、ウェブサイトや書籍(こよみ)を通して、
本命星別の吉方位をズラッとご紹介しています。


ウェブサイトでは、12ヵ月分を。
こよみでは、60ヵ月分を。


吉方位って、その都度、調べようと思うと、
せっかく知っても、活かすのが難しいです。


だから、最低、その年、1年間分は、予め全て知っておきたい。
転居や建築などの大きなイベントを計画する際は、
最低、向こう5年間分は、全ての星の吉方位を把握しておくべき。


そういう意味で、いつも一覧表を作っています。


その一覧表を眺めていると、すぐに気付くことがあって。


やけに吉方位が多い星と、全然なくて空欄ばかりの寂しい星と、
その差が意外に激しいのです。


五黄土星の人は、他の星と比べて、
圧倒的に吉方位の範囲が広く、頻度が多いです。


それに対し、三碧木星と四緑木星は、
吉方位の範囲と、その頻度が、やけに狭く少ない。


このように、星によって、吉方位の有無に大きな差が出るのはどうしてなのか?
それって、損なことだし、自然の摂理にしては不平等ではないのか?


これは方位学を学ぶ初期の段階で、
多くの人が持つ不満に近い疑問だと思います。


僕自身は六白金星として、比較的、吉方位には恵まれているので、
不満を持ったことはあまりないのですが、それでも10年前は、


『三碧木星の人と、四緑木星の人は、吉方位が本当に少なくて、不便だなあ。』


と、初心者ながらに感じてはいました。


もしも同じような違和感を、まさに現在抱えていて、
そのことが原因となって、
方位という要素をライフスタイルに取り入れることに、
戸惑いを感じているような人達がいるならば。


そのモヤモヤを晴らすヒントになるかもしれないので、
もう少し付き合って、以下を読んでみて下さい。


吉方位の多少は、その鑑定の仕組みを説明することで、
星によって行ける時期と方位が異なり、
そこに差が生じることも、ある程度は分かります。


分かりますが、納得はできない。


どうしてそんなことになるのか?
そのことでメリットやデメリットは生じないのか?
この損した気分は何とかならないのか?


でも、自然の摂理を考えてみると。


吉方位って、必要な時に、必要な分だけ発生します。
それは生まれた時から全部決まります。
自然の大きなサイクルの中で。


占い師の気分や機嫌で毎年変わるものではなくて、
暦に従って、ビシッと決まる。


だから、調べ方さえ学べば、
そこら辺の怪しげな先生様に高いお金を払わなくても、
一生分の吉方位を数時間で調べ切ることが可能です。


自分が一白水星ならば、
一白水星にとって必要なタイミングで、
必要な吉方位が配列されます。


吉方位があるということは、その時、その場所へ向かうことで、
エネルギーを補充することができる、という自然からのメッセージ。


逆に。


吉方位が無い時は、その時、その方位へは行く必要が無い、
もしくは、その方位のエネルギーは今は必要ない、という暗示。


吉方位へ出かける以外に、なすべきことがあって、
むしろそちらに専念した方が、幸運と良縁を引き寄せることができる。


だから、吉方位がある自分以外の他人のことを、
うらやましく思ったり、ずるく感じたりする必要も、
全くないわけです。


この自然の法則は、とても素直で素晴らしいのですが、
その流れを『自分の都合』に合わせようとすると、
少し面倒臭いことになります。


『私はどうしてもミッキーに会いに行きたいのに、
どうしてTDLが吉方位じゃないの!!』

『住みたい街があるのに、どうして今年、
あの場所が吉方位にならないの!!』

『今、動かなくちゃならないのに、
どうして今、吉方位が無いの!!』



etc...


自然の流れを軸にライフプランを練る場合。


自分のやりたいことを捨てる必要はありません。
けれど、その実行のタイミングを自然に合わせる必要があります。


それを事前に把握した上で、


『あ、次にTDLに行くのは、いつだな』
『あ、次にあの街に住めるのは、いつだな』
『ぉっ!○月○日は〜をやるのに良いタイミングだな』



と、計画的に自分の都合をアテンドしていきます。


そのための、暦の知識。
そのための吉時期・吉方位という判断基準。


この考え方を上手にライフスタイルに組み込むことができると、
人生はもっと楽しく素直に進んで行くのでは?


と感じます。


話を元に戻して。


吉方位の在る無しは偶然の必然。
自分に必要な分だけちょうど良くやってくるので、
そこに貧富の差なんて一切なし。


ない時は、ないなりに、
他にやるべきことや、できることが、
山ほどあるので心配なし。


それでは☆