
・五黄殺方位なんだけど転居しても大丈夫?
・厄年なんだけど結婚しても大丈夫?
・土用中なんだけど転職して大丈夫?
・旅行は凶方位でも一泊くらいなら大丈夫?
・家相が良くないんだけど大丈夫?
などなど。
運を知ってしまったがゆえに、逆に不安になってしまうこと、あります。
知らなければ、そのまま、余計な不安を持たずに進めたのに。
知ってしまったからには気になるし、納得して出した答えの自信も薄まる。
それが大凶とか言われたならば、なおさら。
そんな場面において。
『嘘でも良いから大丈夫と誰かに言って欲しい』
そんな心情は非常に良く分かります。
それでもなお、
『大丈夫だよね?』
と返答を求められても、ご期待に沿えないことが多いです。
『大丈夫かどうかは分からないけれど、僕だったらこうします』
とまでしか、お話することができません。
そこから先は、断言も保障も許可も、できないです。
『これって凶だよね?』
というご質問に対しては、気持ち良くすっぱり、
『はい、凶です!』
と言い切ることができます。
でも、
『凶だけど、大丈夫だよね?』
というご相談に対し、
『はい、大丈夫です!』
とお応えすることは、まずありません。
その理由を以下に。
そもそも。
過度の不安は、心・体・魂の能力を阻害する凶運です。
凶とか厄だとかを不安に感じ落ち込むなら、その運の知識自体が凶です。
だから、そんなもの、無視しても問題ありません(※)。
大丈夫かどうか、それ以前の話です。
※対処の方法もワンセットで示された情報ならば、無視しないで吉。
さらに。
不安を抱くような場面において必要になるのは、
大丈夫かどうかの正確な判断ではないはずです。
なぜなら、そんな答え、誰にも分からないからです。
結果論なら、後から誰だって好きなように言えます。
でも、人生において、カンニングは不可能です。
予め答えが決まっているものではない以上、正解の先読みはできません。
だから。
そこで求められるのは、自分の人生を自分で選び取る、気概です。
人生においては、凶であることは分かっているけれど、
やらざるを得ない、やむを得ない状況というのが、
しばしば節目ごとに現れるものです。
やむを得ず凶を選ぶしかなかった場合であっても、
そこには必ず何かしらの対処方法は、あります。
あとは、大丈夫かどうかを気にしている場合じゃありません。
『自分はどうしたいのか』
それを示さないと、始まりません。
運の最終決定権は、他人ではなく自分にあるということです。
万一、そこを他人に預けてしまったら、自分の運は自分のものではなくなってしまう。
例えば凶方位。
そこに行く必要があって、行かざるを得ない状況があるならば。
『行っても大丈夫か?』
の答えを他人に求めても無駄です。
そこで必要となるのは、行く場合の対処の方法と、
自分の人生を自分で選ぶ気概です。
凶時期だって凶家相だって同じです。
自分の運を他人に預けたらだめです。
基本的に、僕はあんまり気休めは言いません。
対処の方法は理論を根拠にちゃんとご説明するし、
本当にヤバイときはヤバイと言います。
だから、そこは信用してください。
一方。
僕が大丈夫ですと言っても、それは信用しちゃダメです。
気休めとしては有効かもしれませんが、それは正解じゃありません。
本当に安心が欲しいなら、答えは自分の中にあります。
自分が自分の意志で選んだ道ならば、それはきっと大丈夫です。
例えそれが凶であったとしても、です。
それだけのエネルギーを人はちゃんと持ってる。
自分と自分の選んだ道を信じて、あとは進むのみ。
幸運はその先に見つかります。
それでは☆
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コメント
コメント一覧
またここで鹿を見ることができてうれしいです。
さぜんさん
> 今年の元日に初日の出を見た帰りになんと鹿の親子に遭遇しました。
野生動物との遭遇は、基本的に吉兆。
確かに縁起が良いです。
> またここで鹿を見ることができてうれしいです。
ありがとうございます。
弊社の子鹿は野生とは違うかもしれませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
なんて可愛いんでしょう♡
シャンピくんの場合、
それだけじゃなくって
さらに子鹿の模様がーーー
名は体を表すってこのこと、、?
なんて♪(´ε` )
猫ラヴさん
> 猫の後ろ姿ってなんて可愛いんでしょう
今は冬毛のふわふわした背中がキュートです。
> さらに子鹿の模様がーーー
名前に関しては弊社に来る前から決まっていたのですが、
まさか本当に名が体を表すとは思いませんでした。
偶然の必然ってあるな、と思いました。