『大丈夫、死にゃあしない』
僕の父親であり、
この職業における師匠でもある、
西欽也の台詞です。
『若い内はちょっとくらい寝ないで頑張っても良い』
『離婚したって命まで取られるわけじゃない』
『大凶方位に引越したからって、苦にする必要ない』
『莫大な借金を抱えているからって、今、生きてる』
『受験に失敗したからって、まだ死んでない』
つまり。
どれも、死にゃあしないから、大丈夫なのだそうです。
いつだって、そんな調子です。
周囲から持ち込まれる、どのような、
★落ち込み
★不安
★苦労
も、サラッと処理しようとします。
『死にゃあしないんでしょ?じゃあ大丈夫!』
つって。
それが若い頃の僕にとっては、、
本当に嫌で嫌で仕方なくて。
『そんなんで済めば鑑定は要らねぇんだよ』
と、反発していました。
今、目の前で確かに悩み落ち込む人に対し、
『そんなの悩むことじゃないよ』
と、一言で済ませようとするのは、
何だか無性に腹が立ちます。
悩んでいる本人は、
決して軽い気持ちで悩んでいるわけではないし、
むしろ、本気で、真剣に、時には命をかけて、
悩みに悩んでいるわけだから。
それを軽く扱うのは無神経です。
自分の問題がそんな風に扱われたら、
キレると思います。
実際、何度もキレてきました。
『他人事だから、そんな余裕を持ってられんだよ』
『分かりもしないのに、適当なことばっか言うな』
『根拠のない前向きさなんて、クソの役にも立たねんだよ』
ってな感じで。
でも。
今はその、
『死にゃあしないから大丈夫』
という感覚、なんとなくですが、
分かるようになって来た気がします。
バッドな停滞の泥沼にあるときこそ、
それが、打開のスタート地点になり得る。
そう感じ始めています。
『最悪の状況の見極め』
が変わったのかもしれません。
もっと、ひどいことになり得る。
より悪い展開は考えられる。
致命的な被害だって、良くあること。
それに比べたら。
死にゃあしないなら、始められる。
そんな感覚です。
僕達は、どんなことに対しても、
暗く否定的に受け止めることが可能です。
もしかしたら、人の心の仕組みが、
そもそもそんな風に出来ているのかもしれません。
それが、
『本当に命取りになるかどうか』
は、あまり関係ありません。
要するに、自分が、
『もうダメだ』
と思うかどうかです。
人によっては、他人の些細な一言や、
好きになる価値もないろくでなしとの別れにより、
『もうダメだ』
と思い込むことができます。
そして、落ち込み。苦しくなる。
自分で自分を殺したくなってしまう。
そんなとき。
どんな些細なラッキーも見落とさず、
一見、無意味そうに見えるチャンスを足がかりに、
素敵な未来を掴み取るためには、
『でも、実際は、死にゃあしない』
この客観的な気楽さが、
運を左右する鍵になります。
ふざけているわけではなくて。
茶化しているわけでもなくて。
どんな最悪の場面においても、
自分らしくあるために。
どんな危機的な状況にあっても、
自分を活かすために。
『だいじょうぶ、死にゃあしないから』
それが西欽也が自分のキャリアの中で得た、
難しい運に対する打開策なのだと思います。
悩み落ち込むことで、
解決する問題が1つでも増えるならば、
いかに悩み、いかに落ち込むかが、
勝負の分かれ道になります。
けれど、あらゆることに対して否定的になり、
暗くバッドな状態でいる間に開かれる運の扉って、
次の更なる悪運に繋がるってことが多いです。
『死ぬまでは、死にゃあしないから、大丈夫』
そこから出発してみることが必要な人、
いっぱいいると思います。
常に生死を意識しながら、
シリアスに生きるべき、
という意味ではありません。
悪い方に偏りがちな心の均衡を平らに戻し、
良縁と幸運を見つける感覚を働かせるために、
時々は、思い出してみてください。
『まあ、死にはしないな』
『これくらいなら、死ぬことはない』
『あれ、まだ死んでないな』
なんて風に。
それでは☆
★質問専用エントリー2018
ご質問はこちらのコメント欄にて承ります。
記事本文とは関係のないご質問であっても、
こちらにコメントいただければご返信いたします☆
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僕の父親であり、
この職業における師匠でもある、
西欽也の台詞です。
『若い内はちょっとくらい寝ないで頑張っても良い』
『離婚したって命まで取られるわけじゃない』
『大凶方位に引越したからって、苦にする必要ない』
『莫大な借金を抱えているからって、今、生きてる』
『受験に失敗したからって、まだ死んでない』
つまり。
どれも、死にゃあしないから、大丈夫なのだそうです。
いつだって、そんな調子です。
周囲から持ち込まれる、どのような、
★落ち込み
★不安
★苦労
も、サラッと処理しようとします。
『死にゃあしないんでしょ?じゃあ大丈夫!』
つって。
それが若い頃の僕にとっては、、
本当に嫌で嫌で仕方なくて。
『そんなんで済めば鑑定は要らねぇんだよ』
と、反発していました。
今、目の前で確かに悩み落ち込む人に対し、
『そんなの悩むことじゃないよ』
と、一言で済ませようとするのは、
何だか無性に腹が立ちます。
悩んでいる本人は、
決して軽い気持ちで悩んでいるわけではないし、
むしろ、本気で、真剣に、時には命をかけて、
悩みに悩んでいるわけだから。
それを軽く扱うのは無神経です。
自分の問題がそんな風に扱われたら、
キレると思います。
実際、何度もキレてきました。
『他人事だから、そんな余裕を持ってられんだよ』
『分かりもしないのに、適当なことばっか言うな』
『根拠のない前向きさなんて、クソの役にも立たねんだよ』
ってな感じで。
でも。
今はその、
『死にゃあしないから大丈夫』
という感覚、なんとなくですが、
分かるようになって来た気がします。
バッドな停滞の泥沼にあるときこそ、
それが、打開のスタート地点になり得る。
そう感じ始めています。
『最悪の状況の見極め』
が変わったのかもしれません。
もっと、ひどいことになり得る。
より悪い展開は考えられる。
致命的な被害だって、良くあること。
それに比べたら。
死にゃあしないなら、始められる。
そんな感覚です。
僕達は、どんなことに対しても、
暗く否定的に受け止めることが可能です。
もしかしたら、人の心の仕組みが、
そもそもそんな風に出来ているのかもしれません。
それが、
『本当に命取りになるかどうか』
は、あまり関係ありません。
要するに、自分が、
『もうダメだ』
と思うかどうかです。
人によっては、他人の些細な一言や、
好きになる価値もないろくでなしとの別れにより、
『もうダメだ』
と思い込むことができます。
そして、落ち込み。苦しくなる。
自分で自分を殺したくなってしまう。
そんなとき。
どんな些細なラッキーも見落とさず、
一見、無意味そうに見えるチャンスを足がかりに、
素敵な未来を掴み取るためには、
『でも、実際は、死にゃあしない』
この客観的な気楽さが、
運を左右する鍵になります。
ふざけているわけではなくて。
茶化しているわけでもなくて。
どんな最悪の場面においても、
自分らしくあるために。
どんな危機的な状況にあっても、
自分を活かすために。
『だいじょうぶ、死にゃあしないから』
それが西欽也が自分のキャリアの中で得た、
難しい運に対する打開策なのだと思います。
悩み落ち込むことで、
解決する問題が1つでも増えるならば、
いかに悩み、いかに落ち込むかが、
勝負の分かれ道になります。
けれど、あらゆることに対して否定的になり、
暗くバッドな状態でいる間に開かれる運の扉って、
次の更なる悪運に繋がるってことが多いです。
『死ぬまでは、死にゃあしないから、大丈夫』
そこから出発してみることが必要な人、
いっぱいいると思います。
常に生死を意識しながら、
シリアスに生きるべき、
という意味ではありません。
悪い方に偏りがちな心の均衡を平らに戻し、
良縁と幸運を見つける感覚を働かせるために、
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