昨日、近所の同じ組合の方が亡くなり、
僕が父親の代役として、
お手伝いに行ってまいりました。
(父親=師匠は、どうしても外せない仕事があり、
本来出席に所、僕が替わった次第です。)
組合の方々は皆、僕の倍程度の年月を先に行く、
人生と伝統の大先輩ばかりなのですが、
特に、僕の住む場所、群馬県富岡市岡本という地域は、
まだまだ昔ながらの風習が生き残っている所なんですね。
例えば、お通夜の前の納棺の際には、
麻(ワラ?)で作った輪を左肩から斜めがけにし、
納棺が終わる時に一緒に棺に納めるとか。
本当に、勉強になります。
ただ『近所の人の手伝いだから』という義理だけで、
お手伝いをしたのでは、ハッキシ言って、
得られるものは少ないと思います。
こういうのは持ちつ持たれつの関係だけに、
お手伝いをした所で恩を売った事にはならないし、
目ん玉飛び出るような豪勢なお駄賃がもらえるわけでもないし。
ところが…
『自分が施主の立場になった時…』
と意識した瞬間に、吸収しておかなくてはならない、
情報の数々が突然目の前に出現してですねぇ…
やる事なす事、勉強になりました。
今日、お手伝いに行った人の中では、
僕が断トツ一番で年下、一番の下っ端です。
という事は…
もしも僕の世代が施主になるような将来が、
このまま順番通りやってくるとしたら、
間違いなく僕が一番年上で、
ご意見番としての役割を果たすべき事になるでしょう。
『ここら辺の部落では、昔からの風習で、
こういう風に弔うもんなんだのぅ』
なんつって。
その時になって、
『え〜、わかんな〜い、マジうぜ〜』
とか申し上げる事が間違ってもないように、
しっかり故郷の伝統の記憶を、
受け継ぎたいと思います☆
僕が父親の代役として、
お手伝いに行ってまいりました。
(父親=師匠は、どうしても外せない仕事があり、
本来出席に所、僕が替わった次第です。)
組合の方々は皆、僕の倍程度の年月を先に行く、
人生と伝統の大先輩ばかりなのですが、
特に、僕の住む場所、群馬県富岡市岡本という地域は、
まだまだ昔ながらの風習が生き残っている所なんですね。
例えば、お通夜の前の納棺の際には、
麻(ワラ?)で作った輪を左肩から斜めがけにし、
納棺が終わる時に一緒に棺に納めるとか。
本当に、勉強になります。
ただ『近所の人の手伝いだから』という義理だけで、
お手伝いをしたのでは、ハッキシ言って、
得られるものは少ないと思います。
こういうのは持ちつ持たれつの関係だけに、
お手伝いをした所で恩を売った事にはならないし、
目ん玉飛び出るような豪勢なお駄賃がもらえるわけでもないし。
ところが…
『自分が施主の立場になった時…』
と意識した瞬間に、吸収しておかなくてはならない、
情報の数々が突然目の前に出現してですねぇ…
やる事なす事、勉強になりました。
今日、お手伝いに行った人の中では、
僕が断トツ一番で年下、一番の下っ端です。
という事は…
もしも僕の世代が施主になるような将来が、
このまま順番通りやってくるとしたら、
間違いなく僕が一番年上で、
ご意見番としての役割を果たすべき事になるでしょう。
『ここら辺の部落では、昔からの風習で、
こういう風に弔うもんなんだのぅ』
なんつって。
その時になって、
『え〜、わかんな〜い、マジうぜ〜』
とか申し上げる事が間違ってもないように、
しっかり故郷の伝統の記憶を、
受け継ぎたいと思います☆
コメント
コメント一覧
あの、肩に斜め掛けするのは「麻」の
ようですね。私も最近知ったのですが。。。
やはり、何につけても、一世代、二世代、上の方々の中に混じっての活動は勉強になります。私は目下、神社の氏子会なるものの活動(祭りや地域活動)に参加して勉強中です。その中で常々、将来自分がその率いる年代になった時を想像しながら学ぶのって大切だと感じます。Jr.先生さすが、です。
やっぱり『麻』ですか。
そう聞こえはしたのですが、
麻自体を触った事がないもので。
そうかあ。
あれが麻ってものかぁ。
また一つ勉強になりました。
僕達の世代、最近感じるのが、
『いつまでも子供の気分でいられねぇぞ』
という事なんですね。
伝えられる立場から、伝える立場に、
徐々にではありますがシフトしているのを、
商売柄もあってか、ヒシヒシと感じるのです。
でも、昔からの知識を引継ぐのって、
悪い気分じゃないですよね。
今後も、勉強あるのみです☆